目が覚めて「あっもうバイトやめたんだった」とホッとする日々が続いている

俺は今月の頭まで約一年間同じバイトを続けていた。某回転寿司店である。

 前に某個人経営風ピザ屋でバイトをした経験はあるが、決定的なミスを犯したのが原因で、その時は一ヶ月程度しか続かなかった。お客さんからのオーダーを忘れ、トッピングを間違えてしまったのだ。そして店長がピザを足元に叩きつけてから俺の頭を数打殴り、既に残骸と化したそれを指さして「片付けろ」の一言。店長の奥さんらしき人は「ここで挫けちゃ駄目だよ」と声をかけてくれ、その言葉に頷いた俺は十分後にはその職場を後にしていた。

そんな経験があったから新しくバイトを始める時も不安はあったが、それは杞憂に終わった。やはりチェーン店系はメンバーが多いこともあり存在感を無くそうと思えばそう出来たし、多用な人間関係を構築することも可能だった。最初の数ヶ月、俺は一人称を「僕」なんかにして、純朴なキャラ――シモネタを振られても曖昧に笑いを返すようなキャラを繕い、とにかく真面目に取り組むことで一刻も早く環境に溶け込むように努力していた。それが吉と出たか凶と出たかは未だに判断し辛い部分はあるのだが、結果的に俺は名実ともに「バイトメンバーの一員」になれたと思っている。まあ流石に数ヶ月も働けば多少はね。

バイトの経験は俺にとって価値有るものであったことは断言できる。上司、歳上、異性、歳下といった色々な関係とのコミュニケーション力が養われたし、働くことで「店員側からすればこういうのが迷惑/嬉しいんだな」という一種の視線が身に付いた。

始めの数カ月はバイトも楽しかった。何もかもが新鮮だった。

「早く業務を覚えて、皆さんに追いつきたい」

とシフトも出来る限り増やしてもらっていた。その言葉は少なくとも当時は嘘ではなかった。

 

そして時が経ち、地面に降り積もった枯れ葉が冷たい風に舞い上がる季節になった。

俺は完全に「働くこと」への興味が失せていた。

月々登場する新メニューもただ覚えるのが面倒くさいという認識を出ず、もはや新しい事を覚える楽しみというのは皆無だった。それでも歩いて四十分のバイト先に足が向いたのは、やはり惰性と、なんだかんだ言ってまだ職場の誰かとワンチャンあるんじゃないかという下心によるものだった。それが全てだった。勿論、そういったことはなく・・・

年が明けると俺はバイトのシフトが入ることに恐怖すら感じるようになっていた。

朝目が覚めて、ああ今日は何時からバイトあるじゃんとまず嘆息する。それまでの自由時間も、その後に待ち構えている業務が脳内にちらつくせいでどこか思い切り楽しめない。

「土日、ああ、俺バイトあるから遊べないわ・・・」

友達とスケジュールが合わなくなり、次第に疎遠になっていく。

一刻も早くこの地獄から解放されたかった。その一心で俺は寿司を握り続けていた。そんな感情が俺の腕を鈍らせ、ミスを多くする。シャリから滑り落ちた卵。軍艦から溢れ出すイクラ。床に張り付いているサーモンは行き交う人々に踏まれて黒ずんでいる。それを見て「あれは俺だな・・・」とか思っていた。

 

そんな業務も終局を迎え、別れの挨拶もそこそこに、俺は晴れて自由の身となった。

何でも出来るはずだった。いや、出来るのだ、今は。徹夜でゲームして次の日に響いたって問題ないし、オナニーの限界だって攻められる。高校も卒業したのだ、明日は何々があるから……という煩わしい制約はもう存在しない。

しかし俺は、自分を解き放つことが出来ないでいた。

原因は夢にあった。夢の中で俺は目を覚まし、「今日はいつもの17時からバイトか」「土日だけどバイトあるんだよなぁ」と身支度をしていた。それは文字通り悪夢だった。俺はバイトという足枷から心理的には解放されていなかった。約一年間、人によっては短いかもしれないが、俺にとっては自己の無意識下に「バイトをしているから思い通りに遊べない」という現実を刷り込むにはその月日で十分すぎる程だったのだ。

そして、タイトルに至る。・・・