ホワイト・デーは案ずる必要がないと思っていたが……

今日の夕飯は生姜焼きとサラダ、加えて味噌汁と白米といったメニューだったが殆ど残してしまった。食欲があまり無い。箸が止まってしまう自分を見て、まだ身体が弱っているんだなと再認識した。

 ところでホワイト・デーという日を俺は今日まで忘却の彼方に葬っていた。しかし昼頃、松田聖子とか一昔前のバラード曲が流れる車内、助手席に座って雪解けを迎えた田園の風景を眺めていたら、運転する母親が思い出したように口を開き「あんた、叔母さんにお返ししなさいよ」と一言。

 お返しとは何のことだ、と訊いたらホワイト・デーでしょと咎めるような口調で返された。そういえば俺は叔母からバレンタインにチョコを貰っていた。俺の母からチョコを贈られた叔父は今朝、仕事がある為に叔母の手からという間接的では有るがしっかりとお返しを果たしていた。お前も見習わにゃいかんとちゃうんか、ということだろう。

しかし、如何せん気恥ずかしい。その恥ずかしいと感じること自体が子供じみていて――童貞じみていて恥ずかしいということも理解しているのだが。

そもそもホワイト・デーとはなんなのか。「ホワイト」は一体何を意味しているのか。まさか精子じゃないだろう。

バレンタイン・デーが何か由来のある行事であることはなんとなく知っている。しかし前者は明らかに近年作られたブームと言うか、どうも商業的な臭いが感じられるのは俺だけか。それにバレンタインで女子が男子にチョコを贈るのは、どこか自己満足な部分もあって、見返りを求めての行為では無い気がする。昔、姉がその時期になると楽しそうにチョコを作っていた姿を見てきたから余計そう思う。もしくはただの惰性的な、儀礼的な行為の一つであり、それほど深くは考えていない、ましてホワイト・デーなんて思ってもいないだろう。だから俺としてもお返しする必要はないし、問題もない。

こんな屁理屈を捏ねくり回すような奴だからきっとモテないんだろうな。

それでもチョコをくれたのが美少女なら俺は人に言われるまでもなくクッキーとかお返しするだろうと思う。やっぱり容姿が優れていると人生では得をする。美少女は生きているだけで得をする。